ひろさき咲くや姫物語~其の壱「花の宴」

作:浜田 理美  イラスト:七原 しえ

主な登場人物:木花咲耶姫(ひろさき咲くや姫)、さくら子(姫の眷属)、有相無相の精霊達、一族の神々
姫性格:天真爛漫・酒豪(お酒の神様)・宴会大好き・笑い上戸・泣き上戸

~木花咲耶姫の像に題す

お城とさくらとりんごのまち   雪に圧されし木々跳ね返り  今を春べと咲くや木の花~

すっきりと晴れた早春の朝。青く輝く岩木山。白一色の裾野を辿(たど)ってゆくと、里の木々には綿帽子。
空の青さに春色差して「ずっっ、ずさっっ」と音がする。眼下に続くりんごの木々が、お城にたたずむ桜の木々が、雪の下から枝を伸ばして雪を払う。

(さあ、始まるよ始まるよ)雪解けの小川の流れがささやき出す。

岩木山の稜線がふわふわ揺らいで、額から鼻筋口元と、乙女の寝顔に変化する。優しい完璧な横顔は「ひろさき咲くやや姫」。ゆっくりと、天を仰いで目を開けてその美しい姿が、依代(よりしろ)岩木山(いわきやま)から起き上がる。真っ白な頬に紅が浮かび、いたずらっぽい口元がふんわり開く「ふあああ、良く寝たわ」羽衣を(まと)い直して右手を振りかざし、雪の中温めていた草木花々の種を撒く。「さあみんな、お寝坊さん、春ですよ」

「ぽんっ、ずさっっ」木々の枝も跳ね返る。冷たく輝く川の流れが喜び宿して勢いつける。
黒土の上にはきっちり並んだ花の芽達。まもなく雪の下から黄色い花が顔を出す。

みるみる地上は、浅黄・緑にざああっと色を変え、やがて地を這う花の(いろ)

羽衣と()(すそ)をなびかせながら、うきうき飛んでいた姫に、

「大変です!」「さくらが、さくら子がいません」咲くや姫の胸元手元に付きまとっている有相(うそう)無相(むそう)の者たちが慌てて一斉に騒ぎ出す。

「まあ大変!早く見つけなくちゃ肝心の桜の花が咲かないわ」姫はぎゅっと目を瞑って四方を見回し、やがてくるくる回ってはじける笑顔で笑い転げる。

「見つけた見つけた、恥ずかしがり屋のさくら子は、いつもの所に隠れてる」

大きく息を吸い、長い黒髪残り香に、いきなりさっと身をひるがえし、眼下の街中へ降りてゆく。姫の羽衣にくっついていた花の種やら草木の霊が振り回され、ころころ転がり悲鳴を上げる。「姫様ひどいですよ。」

建物の狭間に延びる一筋の道。石畳の遊歩道だ。(べに)枝垂(しだ)れの桜の枝先が小さな芽をつけ揺れている。傍らには女性の銅像が立っている。右手に掲げた桜の枝を振りかざすその先は岩木山。

台座の銘は「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」。もう一つの、さくや姫の依代だ。

「さくら子さくら子、隠れていても見えちゃってるわよ。分かりやすいんだもの」ひとしきり笑うと、少し真面目に顔を上げて、ぱあんと一つ柏手を打つ。

(べに)枝垂桜(しだれざくら)の花芽の先に、一人小さく隠れていたさくら子が「ぽん」とはじけて花開く。すると止まらず「ぽん」「ぽん」「ぽん」・「ぽっ」「ぽん」「ぽん」「ぽん」・「ぽっ」「ぽっ」「ぽっ」・「ぽん」「ぽん」ピンクのもこもこの花達があっという間に木を覆いつくす。

イラスト:いしお食いしん坊

咲くや姫は、またころころと笑うと「さあさくら子や、春の始まり始まり。みんなを咲かせに行こうね」

北の春は梅も桜も桃の木も一斉に咲き狂う。特に圧巻なのは弘前城の桜達。お堀端から始まる染井吉野の開花が、やがて枝先に何百もの塊で花をつけ、濃いピンクから淡い白へと色を重ねる。目の前に遊ぶ花の枝先は、天上界の手鞠を模したさくら子達。並木の桜は空を覆い、巨大な枝垂(しだ)れ桜は天から落ちる花の滝。

姫が降り下ろす枝の先から、さらに無数の花達が産まれ出で、光を受けて風に運ばれ、地上も天界もあらゆる花で埋め尽くされる。そわそわざわざわと花見に出かけた人間たちが余りの花の見事さに陶然と酔いしれる。その様子に嬉しくなって、姫は花見客の上にざあっと花の渦を巻きちらし、花枝の上を駆け回っては笑い転げる。

やがて姫は一族の神々を呼び集めて宴を始めた。「お父様(注1)、あなたが作り給いしこの山川、恵みは存分、幾重に咲いたこの花中(はななか)に私たちも酔いしれましょう。」

岩木山に向かって右の山頂に神代(かみよ)からの神園(注2)が有りいつもうっすら(もや)がかかっている。が、この時ばかりは澄みわたり、神々は眼下の花達を愛でながら酒盛り宴に興じている。 下界の人間にも、目を凝らすとたくさんの神々と有相(うそう)無相(むそう)の者たちのどんちゃん騒ぎが見えるという。中心は木花咲耶姫。この日の為に醸した酒を手に「花見の酒は格別ですもの、さあさあ飲み給え酔い給え」と、皆を見回し里を見渡し、ころころ笑い転げている。その度に、花が産まれ花の渦が舞い上がり饗宴は幾日も続く。

~コノハナサクヤ、超絶美麗な花の神。天真爛漫、花もて酔わせ花に酔い、

笑い上戸で泣き上戸。命を咲かせ命と眠る。

この数千年の営みを、今また辿(たど)らんこのヒロサキで~

 完

注1:木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の父=「大山祇(おおやまつみ)(のかみ)」山岳創生の「国つ神」岩木(いわき)山神(やまじん)(じゃ)主祭神のうちの一柱。日本で初めて酒席を設けた酒の神。酒造りは娘に受け継がれる。

注2:神園=岩木山の伝説、山に向かって右のこぶ(岩鬼山)の山頂に「嶽神園」という場所がある。奇妙な樹木や草、綺麗な岩石がある。めでたい(もや)が発生し生気に満ちて天女が常に降りてくるところを、多くの人が見ている。実に神仙が静養する所で、俗に嶽神苑という。「岩木山百沢寺旧記」より

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